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思い出温泉風景


温泉風景
鉢植の美しさを構成するうえでの枝の役割は重要です。
一般に、幹の太さに比較して、枝が細いほうが樹は大きく感じられるのですが、この樹の場合は、ぐっと太い幹ですから、この枝で細すぎて調和を欠いて物足りません。
もっとも、細い枝は太らせることができるから良いのですが、太い枝を細くすることは絶対にできないのです。
幹の割に太くしないように たえず注意して樹づくりをするようにしなければなりません。
ぶなは上部の枝に勢力が集まり、上部の枝ばかり強くなってしまいます。
樹全体にバランスよくできるように、勢力を配分することが整姿上大切です。
この樹の場合は、当然、下枝にもっとも強く勢力をつけて太くさせたいものです。
下枝が元気よく育つように芽つみ、剪定、施肥などを計算して整姿しなければなりません。
ぶなは、他の雑木のように葉刈りをして、上部の強さをおさえることはできないし、三年枝位までの若い枝でないと切れないので(古い枝は傷跡が醜くなる)一度は樹形の乱れを覚悟して、整姿して行かないと調和のある枝づくりはできないでしよう。
そして、この樹が、さらに出世するのは枝配りの良さによるのですから、枝と枝との開き具合や、枝と枝との長さのハズミ、枝と枝との太さのバランス、左右の枝の変化の妙をみせるようにしたいものです。
また、枝葉が繁っているばかりの鉢植では趣があ12ません。
繁りの厚い薄いの強弱の変化をつくることもこころがけてください。
鉢植をつくるという時、大別すると二つの立場かある。
業者と趣味家の場合である。
業者はしばしば「趣味家がうらやましい。
鉢植を商売にしていると、せっかくつくった木でも売らなければならない」と嘆く。
鉢植か急激に大衆化した時期に、趣味家から業者へと転身した例は数多いが、そのような人ほど『趣味家時代』を懐しむ傾向にあるようである。
ひとたび業者になってしまえば、白分がつくったいようにつくるということは、きわめて至難であろう。
いきおい、売12物になるよバ、冒毎種木を求め、売り物になるようにつくる術を身につけなげ雄ばな房な奪なる。
畿つでも、たとえ売ったにしても、その後の手入れを引き続きできるどいう場合には、業者は仕合わせである。
このようなケースがある程度まで保証されれば、白らの作風を磨き、追求していぐこども可能になる。
だから、業者にしてみれば、お客とできるだけ緊密になろうとし(また、気心の知れたお客にだけ売りたいと思うのも、ごく当然のことである。
一方、趣味家の場合、売り物になろうとなるまいと関係ないはずだから、白由に気のおもむくままにつくればよい。
人にほめられようと思わなけれぱ、なおのことである。
しかし、現実はそう単純に割り切れるものではあるまい。
実際に売らないまでも、白分のつくった木が二束三文の値打ちしかないということを否定する気持ちを、誰しもが潜在的に抱いていよう。
いざ売るとなったら、高く売れたほうがよい。
しだいに野心的な試みは薄れ、安全策を択ぶようになる。
こう見てくると、業者と趣味家とは、その立場こそ違え、ひじょうに似通った状況にあることに気づく。
両者とも結局は、売り物になる木をつくっているのではないか。
少なくとも、そうなりかねない要素をはらんでいるのではないか。

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